No.75 日本一短い手紙・一筆啓上賞 1995(平成7)年3月号掲載


 福井は日本のドマン中!「日本のヘソ福井」第75回目は「日本一短い手紙・一筆啓上賞」のおはなし。

 一筆啓上 火の用心 お仙泣かすな 馬肥やせ――は徳川家康の重臣・本多作左衛門重次が 陣中から妻あてに送った手紙として、あまりにも有名です(本欄No.13でご紹介ずみ)。
「お仙」とは後の越前丸岡城主本多成重(幼名仙千代)のことです。
日本で最も古い天守閣をもつ丸岡城(本欄No.8でご紹介ずみ)に、 この最も短い手紙文を刻んだ石碑が立っています。
手紙文化の発信基地としての丸岡町が、心のこもった町づくりのために、簡潔明瞭な手紙文を 募集したのが、日本一短い手紙コンクール「一筆啓上賞」として大きな話題になっています。

 このコンクールは、平成5年の第1回目テーマ「母への手紙」。
郵政省が全面的な後援を引き受けたこともあって締切日には、32,236通もの応募があり、 事務局の丸岡町教育委員会(2回目から財団法人丸岡町文化振興事業団が主管)は嬉しい悲鳴。
平成6年、第2回目のテーマ「家族への手紙」には、前回の約2倍に相当する 62,376通もの応募が内外から寄せられたとか。

 お金をかけなくても、アイデアと熱意次第で地方から全国規模で情報発信ができる事を証明した、 丸岡町の「一筆啓上賞」。
しかも、一昨年の「母への手紙」入賞作品集が単行本となり出版され、現在70万部を超えるベストセラーに。
丸岡町にはその印税収入まで入るというオマケつき――。
発想の大切さを再認識した次第です。