No.99 越前万歳 1999(平成11)年3月号掲載


 福井は日本のドマン中!「日本のヘソ福井」第99回目は、継体天皇に起源をもつといわれている 「越前万歳」のお話しです。

 福井県は武生市(マツウラ武生工場のある地方)東部の味真野(あじまの)地区に伝わる 古典的な万歳が、今回お話しの越前万歳です。
古くから正月を寿(ことほ)ぐ芸能として、家々を回り祝福を述べたもので、 古くは野大坪(のおつぼ)万歳と呼ばれていました。
由来については、継体天皇(福井生まれの継体天皇の曾孫が聖徳太子で、 西暦507年に天皇に即位し531年81才で没す)に起源をもつ、 といわれている伝説がいくつもありますから、日本一の古さを誇るかも──。

 現在のような芸態をととのえられたのは、江戸時代に入ってからと考えられています。
江戸時代には毎年、越前の各藩はもとより、加賀の金沢や大聖寺までも出かけ、 広い壇那場をもっていたようです。
正月には各藩の城中に参上し、ついで藩士の屋敷や商家などの御城下を寿ぎ回りました。

 現在は越前万歳保存会の演ずるもので8段。
昔から48段の演目があったといわれていますが、太夫が侍烏帽子をかぶり、 紋付きの着物と袴をはき、才蔵が小さめの締め太鼓を持ってはやすものです。
話しや舞いも独特な万歳ながら、三河万歳など全国の古典物とは全くちがう (太鼓を弓形の細いバチでこするように、たたくもの)のも、日本最古といわれる由縁でしょうか。