No.20 社長職、それとも! 1985(昭和60)年11月号掲載


 松浦機械製作所は、前社長である松浦敏男が昭和10年に創業してから今年で、満50年になりました。
この50年の永きにわたる皆様方からの、かわらぬご指導、ご支援、ご愛顧があったればこそでございます。
本当にありがとうございました。

 ところでこの10月に、前社長松浦敏男から突然に「社長職をまかせるから、しっかりやれ」と 指示をうけました。
いずれはと思いながらも、実際に申し渡されたときは身の引き締まる厳粛な気持ちとなり、 私が松浦機械丸の船長となっていよいよ船出をいたすことになりました。
社長業とか社長職とか、いろんな呼び方はありましょうが、社長とは一体、どんな立場なのか。
現代のような世の中の変化が、これほど激しい時に具体的に、どのような手を打ったらいいのか、 暗中模索という言葉がぴったりの今日この頃でもあります。

 11月初めまでに社長就任のあいさつを一部の方々とすます機会がありましたが、 その中の1/2の方々は「おめでとう、頑張ってください」と心から激励とお祝いの言葉をいただきましたが、 あとの1/2の方々は今、社長就任したこの厳しい世相をベースに考えてか「ご愁傷様ですね」とか 「ご苦労様です」という言葉をいただきました。
それほど今からの社長業、または社長職は激務の連続だといわれたのだろうと思います。
しかし前社長の松浦敏男が創業時代から、そして会社になってから松浦機械製作所という 組織体の代表者として、50年もの永きにわたって頑張ってきた、そのパワーと粘りを、 私は学ばねばとも思っています。

 ただ社長業という激職でありながらも、副社長当時にご縁をいただいた方々との コミュニケーションを、さらに強固に持ち続けたいと思いますし、 それ以上に従来まで積極的に実行してきた、ユーザーや現場サイドに立った物の見方や考え方は、 どんなに忙しく激務であっても、何としてもこれだけは実行していきたいと、心に誓っています。
でも今までの1年に100日内外におよぶ海外出張は、いまでは夢になるかとも思いますが、 僅かの暇をみてでも海外がだめであれば、国内のあらゆる方々と、 お逢いすることで何とか現場のニーズを、私自身の血と肉にしていきたい――と、 思っている次第です。