No.23 考えられないこと 1986(昭和61)年5月号掲載


 「Thinking about the unthinkable,考えられないことを考えねばならない」という、 禅問答のような言葉を先日、私の尊敬する先生から聞きました。
この言葉がもつバックグランドは別として、私にこの言葉を話されたのは――。

 この3月、アメリカ市場調査のため渡米した直後の10日午後4時に、 アメリカの著名なエコノミストに逢う機会がありました。
その時の彼の第一声が「1ドル150円でも円は安い」という言葉でした。
当時1ドルが178〜180円でしたが、彼は「すでにアメリカの著名な方達は1ドル100円とも 120円とも言っている。日本は大変だろうが、日本が思っていることと、 海外で考えていることとは次元が別であることを考えておく必要がある」と言われました。

 まさか1ドルが150円何て、とても信じられないという思いをしながら、 4月初めにその情報の判断について、たずねた答えが「考えられないことを考えておかねばならない」 ということでした。
1ドル150円というエコノミストの言葉に大変ショックでしたが、しかし私達が、 ”よもやとか”、”まさかとか”、という考えが今は通用しない状況下になった。
そのためには、より確実な情報を入手し、判断し、す早く対応できる姿勢を身につけておかねば・・・・ 今回はそんなことを痛感させられました。

 考えられないこと、誰もが予測だにしないことを予測して手を打つこと。
特に企業の全面的な責任者であるトップは、いろんな状況を想定し、 その対応策を考えておくことが必要です。
しかしどう考えても「考えられないこと」と言葉では片付けられても、 森羅万象のことを想定し、その想定に対して、すべてに答えなり策なりを用意するのは、 それこそ「大変」ですね。
とは言うものの、最近は考えられないことが少し多過ぎる感がします。
例えば、ドルと円のレートの問題。
日本は200円程度が最良と思っていたでしょうが、3月には180円を割り、4月には165円台になり、 楽しみにしていた東京サミット後はさらに円高となり、160円を割りこむのも時間の問題。
円高がこれ程とは一体誰が考えたでしょうか。
先日、発表したソ連の原子力発電所の事故も、この考えられない大きな出来事のひとつでした。

 落語に「風が吹けば桶屋が儲かる」という古典があります。
思いがけないところに影響が出てくる例えとして有名ですが、こういう事態が起きても 不思議ではないという心構えだけでも、最低限もてるような感性をやしないたいものだと、 思っている今日この頃です。