No.29 本質の追究を 1987(昭和62)年5月号掲載


 毎年4月に金沢国税局主催の粋な催しもの「きき酒会」に私も5年前からご招待されているのですが、 4年前のご招待のときに偶然にお逢いしたのが、陶芸作家の木村盛和先生でした。
以来ことあるごとに木村先生から陶芸作家の心をお聞きしています。

 木村先生は昭和12年、京都の国立陶磁器試験所に入所しロクロをまわし続けてはや今年で50年。
日本各地の深山渓谷や路傍の岩石、または溶岩の島をたずねて数多く採取した中から、 ひとつひとつ調べその特長を生かし木村先生が目的としている作品の心に対して、 かすかな可能性を見出しながら今日に至っている由です。
昭和51年に福井県は朝日町佐々生に移住して釜をすえ、焼き方の工夫によって誅釉(天目釉) の不思議な輝きをみることができ、一岩一点を主張することが可能になったと、 木村先生は先日、嬉しそうに話されていました。

 最近のように、その気になれば容易に文献や材料や設備が手に入り、 電気炉やロクロなども手引き書があるし自動的に通り一辺の焼きものは、安易にできあがりますし 完成させることも可能です。
イージーに誰でもつくれる世の中に、本当に自分の心を糧とした作品づくりのために 世の中のニーズを探し出す、その幽玄や哲学を見すえて大きく踏み込む姿勢が、 木村先生をしてあくなき体験と追求心に、かり出させるのでは、ないでしょうか。
それでこそ本当の陶芸作品ができるのではないかと思います。

 コピー万能の現代において、この陶芸作家の貴重な体験と心は、 私達の現代における工作機械業界にあっても相通ずるのではないでしょうか。
アセンブリ産業になってしまった工作機械にとっても、何でその違いをだすのか、 私達はいま何をユーザーに提供し、販売しようとしているのでしょうか。
一度、木村先生の陶芸作家としての心を思い浮かべ、究極への本質追究をしてみるのも、 いまよりよい機会ではないでしょうか――。