No.33 水急月不流 1988(昭和63)年1月号掲載


 昨年末、慌ただしくアメリカとカナダへ出入り1週間という旅程で出張してきました。
そのときいろんな友人や知人と旧交を暖めたわけですが、そのなかには若手のエコノミストもおれば、 30年来アメリカに住んでいる私達の先達者、世界的な鍛圧機械メーカーの ナショナルマシナリー社長ポールエイリーさんなどもおられます。
時間が殆どなかったなかでも、かなり多くの方々と時間の許す限りヒザを交えて、 本音をぶっつけあってトコトン話しあってまいりました。

 そのトコトンの本音の中に、次のようなことを話されたときの私の驚きは、 まさに青天の霹靂以外のなにものでもありませんでした。
すべてを述べるわけにはまいりませんが概ね次のようなことでした。

 ――円ドルは2〜3年の期間でみれば1ドル100円もありましょう。
松浦さんも心得て頑張ってください。
しかしいま円高だ、ドル安だと言って日本人は困ったと言っていますが、 本当にそうなのか真剣に考えてみてはどうでしょうか。
日本がこの円高で産業構造をハイテク産業へ集中し終わった頃を見計るように、 円高から一転して円安にふれたとき、あなたの国はどうなるのか考えてみてはどうでしょうね。
その点アメリカは懐が深いですよ。
もし日本のいまの円高で、土地や資材、電力やエネルギー、サービス、賃金などの コストが高止まりのまま円安に向かえば、一瞬にして急激な輸入インフレが発生しましょうし、 いま円安を望んでいるのでしょうが、円高を日本が維持するためにあなたがたの日本は、 今の数倍の努力を強いられはしませんか。
そんな事態があと4〜5年先にあるような気がしてなりません――。

 円高で大変だ、困ったなどといっているうちは、まだ幸せなんだとも受けとられる 彼の発言でしたが、その底辺にある本質を見極める物の見方や考え方に、 一石を投じられたような気がしました。
日本側からばかりみて、円高は困ったとばかり言わずに、目先の大きな変化に惑わされずに 本質をつかみそこなわないようにとの警告のようでもありました。
私達はいまこそ逆転の発想をして、中長期的にしっかり見て考えて「急流の中に映る月」のように、 本質をつかんでおくことが、いかに大切なのか。
そんなことを考えながら昭和63年の新しい年を迎えました。