No.35 ドイツ人気質? 1988(昭和63)年5月号掲載


 この4月から5月にかけ半年ぶりに欧州へ行ってきました。
今回は特に欧州のユーザーが、どんな考え方で仕事をしているのかが知りたくて、 ユーザーを中心に訪ねたわけですが、とりわけ西ドイツのユーザー訪問が印象深く、 ある意味において大きな衝撃をうけました。

 西ドイツは私共、松浦機械のマシニングセンタをヨーロッパ市場でもっとも多くご利用いただいています。
そのユーザーも大手企業から小さい身体をはって頑張っている零細企業まで、 いずれも大げさにいえば生命をかけて仕事に取り組んでいました。
今度たずねて大きな衝撃をうけましたのも、特に中小零細企業の方々でした。
彼らは彼らが持てる「得意技」をいかんなく発揮していましたが、 その言葉だけでは片づけられない何か、いうならば本質の追究といったもの、 例えば特定の仕事に対する完璧なまでの追求のあとが伺えるのです。
それは誰にも負けない装置や道具であり、加工技術でありコストや納期であり、 品質や性能そしてリスクをかけることに恐れないチャレンジ精神などです。
自分の得意としている技術はこれなんだ、という「自己主張」がドイツ人特有の文化なのか 歴史的な背景なのかは別として、自分の得意技の領域へ相手を引き込んでいく、 そのしたたかさや、そのしぶとさが私への衝撃だったのです。

 これに較べて、私達の囲りにはあまりにも安直に、見よう見まねで場合によっては 全くリスクもかけずに、仕事をやっつけてしまうように思えてならないのです。
ドイツ人の頑固一徹と日本人の融通無碍は、あまりにも対照的ですが、 それにしても私達日本人はムードやフィーリングに踊らされ、 思いつきで動いているのではないかとさえ思えてくるのです。
本質をわきまえたうえで、自分自身が能動的に動かしていくんだ、 というところにドイツ人と日本人の大きな差があるのでしょうか。
私達日本人は、ドイツ人特有の完璧なまでの本質追究による自己主張とドイツ人気質を、もう一度見直してみたい。
そして、これからの大きな変化の時代に私達日本人は、本当に耐えていけるのか、 真剣に考えねばならない時がいま来ているような、そんな気がします。