No.41 1992年欧州市場統合 1989(平成元)年5月号掲載


1992年の欧州市場統合が始まるまで後3年。
その現実の姿を現地欧州でみたくて、4〜5月の日本国民総休日のゴールデンウイークに欧州へ行ってきました。
この統合は本誌でもご紹介しましたように、私が特に親交を深めています前駐日英国大使のヒュー・コータッツイ卿に 「物理的な障壁を撤廃する、かってない大変革」といわしめる通り、欧州ではその威信にかけて実行してくるものと思います。

 今回の訪欧ではドイツの大手工作機械メーカーの元副社長に会う機会があり、欧州市場統合について 工作機械を中心として話し合うことができました。
彼とは数年前から交際があり、ザックバランに本音で話し合えましたが次のような見方をしていました
「スイスの工作機械メーカーは中小企業が多く、また特異な製品を手掛けており、 その優秀性を武器に製品はEC諸国へ数多く輸出している。
その量は日本がECへ輸出している3倍もあるが、今回の統合で大きな障壁がでてくるものとスイスメーカーは判断し、その対策に大わらわだ。
スイスはECの隣組的な国だが今回の統合は、そんな生易しい隣組的な甘えなどは一切許されぬ厳しさがある。
だから君達日本メーカーものんびりせずに実態に即した対策を立てることが肝要ですよ」

 私達は、まさかECの隣組であるスイスまで、そんな影響は受けないだろうと思っていましたが、 彼の話を聞いて、改めて今回の市場統合における貿易障壁が厳しく高いものであるかを思い知らされました。
隣組であるスイスが、その対策に乗り出しているのに日本はその真剣さが足りないとは、彼の最後の言葉でしたが、 私達のラチ外で始まっている、進められている1992年欧州市場統合は、どんな形で姿で浮びあがってくるのでしょうか。