No.69 モノ作りの本質は何か 1994(平成6)年1月号掲載


 米クライスラー社が9,000ドル台で発売した小型乗用車ネオンが話題になっていた昨年暮れ、大手自動車部品メーカーを訪ねました。
年末の挨拶はそこそこにネオンの話題と、日米自動車の比較でいきなり「実は3,000cc級エンジンの比較でも当社の中で大きな話題となっています。GM社製と日本製との比較ですが、日本製は990点余りの部品点数なのに、米国製は460点弱の部品でエンジンが出来ている。この現実を見せつけられたとき唖然としましたよ。これだけの差がつけば、ネオンが9,000ドル台で売り出せるのも肯けます。日本とアメリカのモノを作るというコンセプトが、根本から違いだしたそんな気がしますし、本質的なモノ作りをしっかりとらえだしている米国と比較して、日本はと考えてみますと恐ろしくなります」との話は、私にとっても大きな驚きでありショックでした。

 日本の技術、とりわけモノをつくる技術は世界一と自負してきた日本の自信は、米国のネオンという小型乗用車で吹っ飛んでしまった感じさえします。
何故、これだけの差が生まれたのでしょう。
米国に出来て、どうして日本は出来なかったのでしょうか。
米国が日本の約半分のコストでモノを作りあげた力は、彼らのどこから出てきたのでしょう。

 この違いこそ、創造性や開発力の違いではないかと思います。
過去の経験などから積み上げによる改良や改善によって、より良いモノを作りつづけてきた日本。
自動車とかエンジンとかの物の本質を見極めて、ゼロの原点から根本的に創造し開発したのではないかと思う米国。
この差ではと思います。
ローコスト、ハイクオリティがモノ作りの原点ですが、本当の意味で”創造とは何か”を問われているのが、21世紀を目前にしたモノ作りの最大課題でしょう。
産業の母なる機械といわれている、工作機械も同じように、工作機械とは何なのかと今一度、原点に立って考えてみる絶好の機会であろうと思います。