No.73 隣人愛 1994(平成6)年9月号掲載


 この9月、IMTSの商談などで渡米しました際に、私共マツウラと友好関係にある 米国の鍛造機械メーカーの名門、ナショナル・マシナリー社をオハイオ州はティフィンに訪ねました。
同社のP・エリー社長夫妻とは公私にわたる友好を、10年余り保ちつづけていることもあり、 今回も同社へ出向かせている私の長男、勝俊夫妻一家へ立ち寄り、 また日頃お世話になっている社長夫妻宅へも挨拶に伺いました。

 丁度、長男一家の住まいがP・エリー社長宅の前になっていることもあって、2才半になった孫は、 社長夫妻をみつけると「ハーイ」と手を上げて走り出し、 我が家のように社長宅で振る舞っているのに、びっくり。
すっかりアメリカの生活をエンジョイしており、うらやましい思いがしました。
その夜は、社長夫妻からサパーという夕食会に招かれ、 近隣の2家族と一緒に楽しい屋外での一時を楽しみました。
それぞれが1〜2品ずつ持ちより、いろいろな話に花が咲き、勿論、食事の準備は皆が行います。
子供達を含めて20人弱のパーティーは、参加者全員が神にお祈りをして始まりました。
中でも一番小さい孫のために、近所の子供達が大勢招かれていました。
社長夫妻のその細やかな心遣いに大いに感激した次第です。
孫も一人前にパーティーの仲間になって走り回っており得意満面。
年上の子供達は、それをいやがりもせず良く面倒をみてくれます。

 私の子供時代には、こんな風景は日常茶飯事の日本でしたが、 今の日本ではもう見ることさえ出来なくなりました。
6時から始まったサパーは8時に終わり、皆で後片付けをして、 それぞれ挨拶をして帰って行く後姿はほのぼのとした、隣人愛そのものでした。
どこでも誰とでも顔を合わせば「ハーイ」と挨拶をかわす、そんな思いやりが、 合理主義のアメリカにあって、いつの間にか美徳の国、日本では消えてなくなっている、 何が問題なのでしょうか。

 向こう3軒両隣り、という言葉を思い起こすまでもなく、 次の世代をめざして自分本位になってしまった私達の心を今一度、 隣の人のために自然に思いやる――そんな日本にしなければと思います。