No.76 自立しはじめたアジア市場 1995(平成7)年3月号掲載


 昨年の10月から今年1月にかけて、中国は北京と上海、韓国、台湾そしてシンガポール、 マレーシア、香港、中国シンヤンと駆け足で訪ねました。
物流の世界で、日本はすでに脇役になったと認識しているものの、本当に日本は東南アジアの 名主たりえないのか、私なりに目と耳で確かめたいという意味もありました。

 結論からいえば、すでに東南アジアは彼ら独自の市場を自立して歩み出していると、 実感し実証できたことです。
4回にわたって訪ねたそれらの市場は、全てにおいて私の肌にずしりと応える熱気とパワーにあふれ、 空恐ろしい程でした。

 それは、金融・貿易・産業・物流の拠点として発展しつつあるシンガポールを中心に考えれば、 うなずけましょう。
航空機で3時間以内の距離に、何と20億人に近い人口を抱えている大きな市場。
世界人口の40%弱を占めるこの市場が、いま年率2桁台で成長しているさまは、 日本の30数年前の熱気とパワーを思い起こさせます。
勿論、この動きは私達、日本人の与えた力が極めて大きかったことは論を待ちません。
人件費や原価の低い所へ生産拠点をシフトさせ、生産方法を具体的に教え、 市場を開拓してきたのが、まぎれもなく日本だったからです。
それが最近の円高現象で加速され、彼ら自身が独自の市場をつくり出した、という構図になったのでしょう。

 そして、東南アジアの大市場の中心地シンガポールから見た日本は、今や遠い国 (航空機で6〜7時間)で、最北端。
そして規制が厳しく、全てのコストも高く、利益が上げにくい日本は市場としても全く魅力なし―― となれば、日本が主役から脇役、というのも間違いとは言えますまい。
いや場合によっては、脇役どころか日本は仲間にも入れてもらえなくなるのではあるまいか、 と思うのは私の思い過ごしでなければ良いのですが、心したいものです。