No.84 計画経済と市場経済 1996(平成8)年7月号掲載


 この6月、日本工作機械工業会東欧視察団の一員として、東欧のハンガリー、ポーランド、チェコの 3ヵ国とドイツのMETAVを見学する機会を得ました。
現地ではJETRO事務所の方々の適切なアテンドを頂き、約10日間という短期間ながら当初の目的が 果たせた視察旅行の意義は大きいものがありました。

 東欧は中世から20世紀初めまで、欧州の中心として歴史、文化、産業など栄華をきわめ味わい深い 国家を形成してきました。
しかし、不幸にも何度も戦火に巻き込まれ、特に第2時世界大戦後に、ソ連を中心とした計画経済 への強制移行は、栄華をきわめた面影もなくなってしまいました。
これが歴史や文化の停滞は勿論、製造面の技術開発でも停滞をみせ、計画経済という名のもとに 販売の必要すら感じない、自由市場からみれば結果的にアンバランスな経済と欠陥ある産業形態に---。

 このシステムが'89年秋、突然に自由市場経済という大きな変化に晒されたのですから、 瀕死の重傷を負ったのもやむを得ないでしょう。
西側にもっとも近いと思っていた、ハンガリーが悲劇的な結果となり、ソ連とドイツの狭間で耐えた ポーランドがシカゴ等、ポーランド移民からの正確な情報によって成功し他方、地の利と持てる固有技術 を武器に、市場経済に受け入れられたチェコと、大きな違いとなって国家が形成されてきました。
特に私が大切だと思ったのは、ポーランドの成功例です。
市場経済の正確な情報がタイミングよく適確に入っているメカニズムが形成され、国家レベルで活用したという事実です。

 さて、今回の東欧ツアーで、これらを目のあたりにして販売が必要としない計画経済に組み込まれなかった 日本は、戦後50余年を過ぎた今、幸い以外の何ものでもありません。
市場経済の中で、タイミングのよい正確な情報が如何に必要であるか、 販売が如何に大事であるかを、あらためて実感いたしました。