No.166 食育の祖『石塚左玄』(いしづか さげん) 2012(平成24)年10月号掲載


 福井は日本のドマン中「日本のヘソ福井」第166 回目は「食育の祖『石塚左玄』(いしづか さげん)」の話です。

 食育とは、様々な経験を通じて、食に関する知識と食を選択しうる力を習得し、健全な食生活を実践できる人間を育てることです。この食育との言葉を最初に使ったのが福井で生まれ育った石塚左玄(1851-1909)です。石塚は、1851 年(嘉永4 年)福井藩の漢方医の家に生まれ、20 歳で上京、陸軍軍医となり、46 歳で退役して、石塚食療所を開設。食改善指導で治療したので食医と称されていました。著書『化学的食養長寿論』で「体育・知育・才育は即ち食育なり」と力説。子供にとって一番必要で大事な教育は食育であり、食育は家庭教育であると説きました。石塚の訓えは5 つあります。

 @食育は家庭教育
 A食は命なりという食養道
 B人間は穀物食動物(人間の歯は穀物を噛む歯が主)
 C一物全体食(一つの食品を丸ごと食べる)
 D入郷従郷(地産地消)

 人間の体は約60 兆個の細胞から成り立っており、殆どの細胞が消滅と再生を繰り返しています。分子レベルで見れば、一年を経て体中の殆どの細胞が入れ替わっています。それは、食事から摂れる栄養素が体の中で様々な形に変化し、壊れた部分を修復しているのです。即ち、私たちの体は100%食べたもので出来ているということです。福井の小学生、中学生が学力、また体力でも全国のトップレベルであることは、“食育は家庭教育”の実践が、三世代同居家庭で自然に行なわれている結果ではないかと思います。