No.75 日本は脇役へ! 1995(平成7)年1月号掲載


 日本発、欧米直行の定期貨物船が、シンガポールや香港あるいは上海発、 日本経由欧米行きになったり、シンガポールや香港でトランシップ(積み換え)をして 欧米へ行ったりする時代になってきました――という話を昨年の暮れ、大手船会長の方から伺いました。
日・米・欧という仕組みが、アジア・米・欧という関係に急速に変革しているという事実は、 もう物流の世界に具体的にあらわれてきています。

 「日米関係は世界のどこの、どの関係よりも大事である」とは、 元駐日米国大使マンスフィールドさんが喝破された有名な言葉です。
しかし、この言葉には当時の「米ソ両大国の緊張が高まっていた」という背景がありました。
この緊張度が高い中で米国は日本のわがままを、ある程度は許してきたのでしょう。
これをテコに日本は大きく発展してきましたが、しかし今、その米ソ両大国の緊張がなくなり、 米国にとって北朝鮮や中国問題の方が重視され、日米の安保体制にまで、いろいろ言われ始めています。

 日本重視というスタンスから、米中や米韓中の中に日を加えるというようになりつつあり、 場合によっては日本を通過(パス)して直接魅力あるアジアの国へのネライは、 貿易や経済を包含した政治問題へと加速させているように思います。
このひとつの現象が日本からの貿易量のアジアにおける相対的な低下にもとずく、 定期貨物船の直行便から積み換え便への大幅な動きになっているのです。
貨物の集散地や物流基地が、日本から香港やシンガポールに変わったことは、 インフラコストや利便性をみて至極当然と、申せましょう。

 アジアの大将のつもりだった日本が、気がついたら一人の兵隊、それも蚊帳の外。
日本不要、日本はパス、日本は経由地のひとつ、まさに実感です。
いまこそ、私達は21世紀を展望しつつ足元を見つめ直して、新たに考え直す、 今1995年はその最後のチャンスのような気が致します。