No.9 大胆な発想と多民族国家 1984(昭和59)年1月号掲載


 松浦機械NEWSの前号で”アメリカの素晴らしい友人”としてダンナム・ツール・カンパニー社長、 ダンナムさんをご紹介いたしました。
ダンナムさんは生まれて初めて来日され、約3週間弱の日本滞在のあと帰国。

 そのあと、アメリカの当社製品総販売元主催によるプライベートショウ開催のため、 昨年11月中旬、2度目の渡米をしました。
そのとおりに、ダンナムさんご夫妻が、私どもが滞在しているボストン市まで、 駆けつけて日本での数々のもてなしの謝辞をされ、そのときに、こんな話しをうかがいました。―

 私は、生まれてはじめて日本の国を見ました。
約3週間弱でしたが、技術や生産システムで日本は大変すばらしいことがわかりました。
しかし、ひとつだけ驚いたことがあります。
それはどこへ行っても、どの日本人も同じに見えてしかたなかったことです。
黒い髪、黒い目、同じような肌の色で日本語しか話せない。
これは私にとって異様で、何とも不気味な感じさえしました。

 その時のダンナムさんの、不安そうな表情をみて、返って私が驚かされました。
彼らアメリカ人は、いろいろな肌の色で、いろんな言葉を話し、 いろんな宗教や文化を背景とする人達が、つねに同じ生活をしているのが当たり前だからでしょう。
逆に私たち日本人は、ダンナムさんからそのように言われてみるまで、 気が付かないことの恐ろしさは、私たち日本人の一番弱いウィークポイントではないでしょうか。

 私たちの周囲を取りまく産業界でも、成熟化した商品を、良質で低価格で供給する 生産基地としての役割は、日本人のように言葉も文化も教育も統一された、 または同じ水準の人間社会では、当然、<ガリバー的な動き>をするのでしょうが、 いろんな人種がいろんな考え方をし、いろんな見方でものを捉えることが必修条件でしょう。
ソフトウェア的な指向性に強い応用開発や、システム開発、発明、発見的な要素をもつ産業は 日本人のような単一民族より、自由で大胆な発想や創造をする多民族国家のアメリカが、 有利ではないかと思います。
彼らがもっている大胆な可能性に、空恐ろしさを感じました。

 私たち日本人は、日本人がもっとも得意とするものに専任して全力投球ずることが、 その領分と立場をわきまえる大事な基本ではないかと思うのですが―。