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ユーザーを訪ねて

号のユーザーを訪ねて

No.143

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営業力を基礎に技術力向上を目指す

川島工業株式会社 様

 今回のユーザーを訪ねては、東武鉄道館林駅より西へ車で10分程度の所に近藤工業団地があり、その一角の川島工業株式会社を取材しました。
 取材には社長の川島敏明氏にご対応頂きましたが、川島社長は2代目で創業は父の川島博行氏です。
 「加工業は、職人が創業するのが常ですが、父は機械加工に関しては経験が少ない人でした。優秀な職人を集めて昭和40年に起業しました。館林の金属組合の集まりでも異端の経営者でした」と川島社長。

 川島社長は大学卒業後22歳で入社。気難しい職人に囲まれ加工技術を身に付けていきました。
 「自分では自信をもって120~150%の力で仕事をしているのですが、ある時職人がそばに来て、削った切粉を手でつまんで、そして手を見せろと言われ、手を見せるとまだ仕事が足りないと言われました。
 仕事の仕方で切粉の形・面、手のひらと爪の形が違うのでしょう。職人は、加工品ではなく、切粉の形・面、手のひらと爪の形で習得技術を判断していました。
 しかし後日、営業に行ったとき購買担当者に手を見せろと言われ手を見せると、汚れた手を見て“管理者がまだ現場をしているのでは工場全体が見えない、これ以上の仕事量は出せない”と言われました。手一つで技術屋と事務屋の違いを感じました」と川島社長。

多品種少量生産への移行

 創業当時はダイカスト部品加工が主力で、一月に10万個を量産する工場でした。
 オイルショックで生産量が激減。これを契機に量産と新たに多品種少量生産部門を立ち上げることを決断。
 「当社は、穴、タップ加工主体の工場でしたので、フライス盤もまともに使ったことがありませんでしたが、いきなりマシニングセンタを設備しました。
 お客様も偶然同じ機械を設備したので共に切磋琢磨し、情報を共有しながら勉強しました。
 次は仕事量の確保です。素人で後発の我々が参入するには先人と異なる会社へ営業に行く必要があります。
 そこで当時、地場では自動車、造船、建設機械が主流でしたので、それ以外の情報機器、医療機器への売り込みに動きました。
 館林近郊では仲間との競争になるので、あえて東京の大手へ直接交渉に挑みました」
 と当時を語る川島社長。

  営業は川島社長(当時専務)が担当し、周に5回はお客様に通い、御用聞き営業を展開しました。
 「通常の営業マンは、図面を見ると工場の実力を考えて出来るかどうかをその場で考えてしまう。私は“出来ない”と言わずに仕事を取りました。
 工場は、難しい加工に挑戦することで技術力が上がると考えていました。また誰に会うかも重要です。
 開発部門との接触が無ければ試作部品等に参入が出来ません。いかにお客様の台所まで入れるかは大事な営業の仕事です」と。

  また、量産を行っている時には自社トラックで納品していましたが、多品種少量生産への移行を決め自社トラックを25年前に廃止。
 納品に宅配便が使える付加価値の高い仕事への転換を進めました。

ライトアップされたピンクのマシニングセンタで有名に

 昭和57年にマツウラの立形マシニングセンタ「MC-1000V」を設備しました。
 この機械は、先代が決めたものです。当時の同社工場は館林駅から伸びるメインストリートと接していました。
 この機械を道路に面した位置に設置し、また工場への出入り口ドアの一部を透明なガラスにして工場内が見えるように変更。
 そして夜にはこの機械をライトアップし、工場前を通る人達に“ピンクの機械のある不夜城の工場”として有名になったそうです。
 工場を町のシンボルにするという先代の豊かな発想でした。

 それ以後、
  昭和59年に立形マシニングセンタ「MC-500V」、
  平成元年に横形マシニングセンタ「MC-450H」、
  平成2年に立形マシニングセンタ「RA-1」、
  平成5年に立形マシニングセンタ「RA-3」、
  平成10年に5軸制御立形マシニングセンタ「MAM72 S40」、
  平成12年に立形マシニングセンタ「RA-4」、
  平成16年に高精度立形マシニングセンタ「Mold.Plus-800」、
  そして平成19年に立形マシニングセンタ「V.Plus-1500」
 と9台のマツウラのマシニングセンタを導入しました。
 現在稼働しているマシニングセンタは全てマツウラ製となり、同社の加工技術を支えています。

高精度加工への挑戦

 同社の経営方針で、多品種少量生産だけでなく、高精度加工への取組みを開始しています。
 マシニングだけでなく高精度の研削機も入れ替えを順次行なっています。
 「平面度5ミクロンと記載されている図面等が増え、確実に高精度を要求されています。
 今まで当社の設備では、高精度加工に参入出来ませんでした。新しいマシニングセンタや研削機を設備し、この分野に挑戦しています。
 これにより営業の範囲が広がっていますが、機械だけでは不十分です。
 高精度加工は専門工との意識でしたが、当社では全ての社員が全ての機械に対応できる多能工化を目指しています。
 高精度加工を専門工一人に任せるのではなく、時間の空いている人が手助けできる仕組みを作っています。
 これにより人の待ち時間を無くし、納期短縮が可能になると考えています。
 勿論、技術を上げる為には道具すなわち機械が大事で、マシニングセンタにマツウラを選択している理由はここにあります」と。

底辺技術を上げる人材育成

 忙しい時は、仕事に追われ人材育成に時間が取れません。
 同社では、今回の不況は大変厳しいですが、人材育成の好機と捉えて新人4名を増員、社内での勉強会を開催しています。
 定時に仕事が終わり、社員でその道のプロが講師となり勉強会を開催しています。あくまでも希望者参加ですが、社員は積極的に参加しています。
 「今の時代、NC機が常識になっています。素人がプログラムを作れば形が出来るので、自分に技術力があると勘違いしています。
 しかし、もう一段上の技術を目指すには基礎力が不可欠です。工場の基礎力、すなわち底辺技術を上げるための時間が取れるのは不況の時であると思っています」と川島社長。

次世代への飛躍

 「自社ブランドの製品もありますが、あくまでも下請け企業です。一業種が興隆しているのは10年と言われ、時代が変われば忙しい業種も代わります。
 当社も次の時代に向かって技術力をつけないと生き残れません。情報通信機器、金融関連、半導体製造装置、そして医療機器へと分野が多岐に広がっています。
 また材料もチタン、インバー、SUS304、SUS316、樹脂、ウレタンゴムなどの難削材が平然と社内を流通しています。
 特に半導体製造装置の材料の変化は、ものすごいスピードです。当社は、あらゆる変化に対応出来る匠の集団を目指します」と川島社長。

 工場内を見学すると、女性社員がラム型汎用フライスで単品加工を行っています。
 この女性は、図面を渡せばすべてを判断して全加工が出来ます。女性の力を活かしているのにも驚きました。
 通常はインタビューをさせて頂いた担当者の顔写真を掲載しますが、今回川島社長より、現場で頑張っている社員の写真を掲載して欲しいと要請を受けました。
 「彼らが掲載されたマツウラニュースを家族が見ると喜ぶからね」と川島社長の言葉です。

会社情報

会社名
川島工業株式会社 様
所在地
本社
〒374-0024 群馬県館林市本町1丁目8-8
近藤工場
〒374-0042 群馬県館林市近藤町657-3
TEL
0276-72-5019
FAX
0276-72-5228
代表者
代表取締役 川島 敏明 氏
創業
昭和40年
設立
昭和58年
従業員
35名
事業内容
半導体製造装置、情報通信機器、医療 機器の部品加工及び組立て

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