No.61 国中 1992(平成4)年11月号掲載


 福井は日本のドマン中!第61回目の「日本のヘソ福井」は、豊臣秀吉公が認めた 日本国土の中心地という福井県、今立町の「国中」のおはなし。

 豊臣秀吉公が今から400余年前の1590年(関ヶ原の合戦で大勝利を治め、 ほぼ日本全土の平定をとげた安土桃山時代、天正18年)に当時としては画期的な領有地の検分を実施。
そのとき国土の中心地点は越前国にあるとして、当時、 所領地の検分測量にたずさわる重臣を従え、自ら陣頭に立ち観測。
現在の福井県今立町中津山の国中の地点が「わが国土の中心点なり」と指示。
秀吉公の杖の先に、かたわらを流れる鞍谷川の巨石を据えて、その地名を「国中」と命名。
のちに郷土の豪族一党に、この地に国中神社の建立を命じ、完工と同時に従一位の社格を与えられ、 以来、連綿として受け継がれ今日に至ったというわけです。

 その誇りと由緒を皆様に知っていただこうと、わがマツウラが 「福井は日本のドマン中!日本のヘソ」と10余年、宣伝にこれつとめているこの欄に紹介した次第です。
それにしても、400余年前の秀吉公の先見性には頭のさがる思いです。
「国中」は福井市から南南東に約20km、車で約30分の今立町に国中神社ともども現存しています。
また、豊臣秀吉公が杖の先で指示したと伝えられる地点は「国中の要石」として保存されていますので、 福井へお立ち寄りの際には話のネタに、一度ご自身の目で確かめられてはいかがでしょうか。