No.18 1兆円産業 1985(昭和60)年7月号掲載


 日本における、私たちの金属工作機械の年間生産金額が、いよいよ昭和60年の今年、 待望の1兆円の大台乗せを果たすかも――という希望的観測が、またささやきはじめられました。
「またささやきはじめられた」という言葉を、あえて使ったことについては工作機械産業に携わる 一人として、不謹慎であるとご指摘をうけるかもしれませんが、この点は何とぞ、 お赦しをねがいたいと思います。

 この1兆円達成という工作機械産業の悲願は、過去にも機会があり、挑戦もしてきました。
最近の実績では、昭和56年に年間生産高が8,513億円を記録したとき、 その年の秋頃から工作機械業界内部と、業界の団体である日本工作機械工業会の推計からも、 57年ないしは58年には、1兆円は間違いなしと話題になりながらも、 その期待はあえなく夢と消えました。

 これには、57年3月に大手総合研究所の「NC工作機械のアメリカ現況」というレポートが、 アメリカの流通在庫でNC旋盤が3,500台以上、マシニングセンタが1,500台以上も滞貨し、 いまやアメリカの市況から当分のあいだ、解消は無理というショッキングな判定がくだされ、 表面化したことでNC工作機械への見方が、上昇傾向から一転、低落傾向をしめした、 大きなインパクトがあったからともいわれています。
勿論、この総合研究所の定期刊行物で発表するまでもなく、実態は私達の業界内部で、 周知の事実であったのですが、おたがい悪いことにはタッチしたくないことから、 その事実が表面化せず「工作機械はいまや、国内の需要で判断するのは誤りで、 世界を相手にしているんです。
もうわが業界に過去のパターンのような不況なんて、ありえません」という奢りが、 あったからではないのでしょうか。

 その昭和57年、米国の不況や貿易摩擦の激化により輸出が激減したことが、 1兆円産業の夢と消えた主因でした。
米国の不況による直接の工作機械輸出の減少のほか、米国不況による輸出減の間接的な 国内設備投資減が相乗作用したからでしょう。

 さて、それから不死鳥のように立ち直った米国経済にまたもや、よりかかって1兆円産業へ 再挑戦を試みている工作機械産業界。
それにしても、工作機械業界がいまの状況で、技術的にも内容的にも本当に胸をはって 「1兆円産業」の仲間入りが出来るのでしょうか。
表面上はとにかく、私たちは今、気狂いじみた販売競争による値引合戦や、 在庫を大量にかかえての即納委託品合戦、どんな話し合いにも、「我、関知せず」という、 こんな前近代的な企業群の産業に、例え「1兆円達成」されたところで何が残るのでしょう。

 私たちは、いまこそ「機械工業の母」としての工作機械産業の将来のために、 真剣に考えるときでは、ないでしょうか――。