No.40 一神教と多神教 1989(平成元)年3月号掲載


 この1月に2週間ほど欧州へ出かけてきました。
春のような暖かさにも驚きましたが、それ以上に驚かされたのは最近の欧州からみた日本観でした。
それは、1992年欧州市場統合について欧州の各国や各層の友人知人から、いろんなお話をうけたまわったおり、あまりにも激しい日本観だからでした。
その時は、たまたま日本の昭和天皇が崩御され大喪の礼への出席について、イギリスやオランダの 対応が話題になっていた時でもありましたし、リクルート事件も重なっていました。
さらに日本企業の欧州進出なども含めて、日本への関心が高まっていた時でもありました。

 「私達、欧州人が2〜3年前まで持ち続けていた日本への興味や畏敬の念が、 今では恐怖感や絶望感に変わってきましたよ。
それは、今の日本が持つ経済力をテコにして行う集中豪雨的な動きは、私達に恐怖感さえ持たせる力となっている。
そんな日本を私達は何とか理解しようとすれば、難解な日本語につきあたるし、 また日本語をマスターしても何とも掴まえどころのない曖昧模糊とした日本人ばかり。
神仏混淆の日本人の多神教的な考え方などは、私達の一神教的な考え方を相入れないし---。
その相入れない日本人が、まじめで良く働き素晴らしい品質の製品を作っているのをみると 我々、欧州人は今や日本に劣ると認めざるをえない。
そうなれば我々がギブアップするか、我々が日本を抹殺するしかないような気がしてくるんです。
わかりますね、松浦さん---」と。

 こんな話があったあと3月のはじめ全国経済同友会セミナーの席上、国際日本文化研究センターの梅原所長がいわれた
「いまや一神論は時代遅れ、これからは多神論の時代を迎えようとしている」旨の発言を聞き、 さきの欧州で知った考え方と一致するのに驚きました。

 多神教論が一神教論より優れているという、これらをバックにした我々日本人が、おごりに走りすぎ 世界からハナツマミ者にならないよう、私達は日本人本来の努力を今こそしなければなるまいと思った次第です。